誰かが始めなければならない

誰かが始めなければならない

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。

「神との対話2」の一部を引用しながら
内容を解説するシリーズ。

今回は第12章の6回目になります。

前回は、すべての人が
尊厳のある人間として暮らすのに、
働く必要はないという話でした。

すべての人の最低限のニーズを満たした上で、
公平にチャンスを与えること。

そうしようという考え方が出てこないなら、
基本的な人間性に問題があるのだと。

今回はその続きです。

ニール氏は、
チャンスを与えても生かさない人がいる
という考え方を示します。

チャンスを生かさない人には、
さらなるチャンスを提供する必要はない
と言うのです。

すると、神がもし同じ態度をとったら、
人間は永遠に地獄をさまようだろう
と冗談めかして指摘します。

「同情心に限界はないし、愛に終わりはなく、
神の世界の忍耐は決してつきない。
人間の世界でだけ、善に限りがあるのだ。
わたしの世界では、善に限りがない。」
(p.221)

指摘されてみると、
たしかにそうだと思います。

愛が永遠であるなら、どうして
見限るということがあり得ましょうか。

神は、
どんな人も愛するに値すると言います。

仮に神の善を投げ返すような人でも、
同じだと言います。

「そのときはとくに「右のほおを打たれたら、
左のほおを差し出しなさい。
一マイル一緒に行ってくれと頼まれたら、
二マイル行ってやりなさい」。
(中略)
あなたがたは、
何が自分にとって最善かを知らない。
あなたがたの過ちは悪ではなく、
無知のせいだから、
わたしは憐れみをいだく。」
(p.221)

私たちが愛で応えられないのは、
ただ忘れているからです。

忘却によってすべてを体験することが、
この世での目的でしたからね。

そのことを知っているから、
神は憐れみを抱くだけだと言います。

「どんな者でも、
自分なりの世界モデルにてらせば、
何も間違ったことはしていない。
見方を変えれば、誰でも
その時々に最善のことをしているのだ。」
(p.222)

生まれつき「悪い」人はいないし、
どんな悪人に見える人も
本質的に「悪」ではありません。

その人の価値観では、
常に正しいことをしています。

ですから神は、
どんな人をも愛するのです。

ニール氏は、それでも攻撃してくる人、
殺人すらする人は「悪」ではないか
と神に問います。

神は繰り返しだと言いながら、
こう答えます。

「すべての攻撃は助けを求める叫びだ。
誰も、ほんとうに他者を
傷つけたいとは思っていない。
傷つける者は--
あなたがたの政府もふくめて--
欲しいものを獲得するただひとつの手段だと
誤解しているから、そうするのだ。
すでにこの本のなかで、
問題のより高い解決策を説明した。
何も欲しがるな。好みで選ぶのはいいが、
必要としてはいけない。
だが、それはとても高度な状態だがね。
それは、<マスター>の位置だ。
地政学的に言うなら、世界がひとつになって、
万人の基本的なニーズを
満たせばいいのではないか?」
(p.222)

攻撃してくる人がいるのは、
その人の最低限のニーズさえ
与えようとしないからだと神は言います。

「あなたがたの心には、
「シンプルに生きよう。そうすれば、
ほかのひともシンプルに生きるかもしれない」
ということが思い浮かばない。」
(p.223)

特に恵まれている先進国では、
このことが忘れられがちです。

今の生活水準を基準にして、
さらにもっとを求めています。

そのことによって、
他の恵まれない国の多くの人から
多大なものを奪っているというのに。

それなのに私たちは、自分たちは
生きるために必要なことをしているだけだ
と自己弁護します。

だから他の人も、
同じようにすればいいではないかと。

この状態から抜け出さなければなりません。

その方法を、神はもう一度示します。

「意識の変革だ。
人類を苦しめている問題は、政府の活動や、
政治的な手段によっては解決できない。」
(p.224)

そして、その意識の変革を、
再び詳細に説明します。

「あなたがたは、
神を自分たちとべつの存在と
見ることをやめなくてはいけない。
それに、お互いどうしがばらばらの存在だと
考えることもやめなくてはいけない。
唯一の解決策は、究極の真実だ。
宇宙には、
ばらばらに存在するものは何もない。
すべては本質的に結びつき、依存しあい、
からみあって生命の布を織りなしている。」
(p.224)

「すべてはひとつのもの」ということ。

その真実を知り、そのように生きることが、
この問題の唯一の解決策になるのです。

そして、愛の法について説明します。

「愛はすべてを与え、何も要求しない。」

愛は無条件ですから、
要求することはあり得ません。

取引きは愛ではないのです。

しかし、
ただ与えるだけで成り立つのでしょうか?

「人類の誰もがすべてを与えたら、
何を要求するのかね?何かを要求するのは、
ただひとつ、誰かがそれを握って
離そうとしないからだ。
握りしめてしがみつくのは、やめなさい。」
(p.225)

たしかに、全員がすべてを与えたら、
要求する必要性はなくなります。

しかしそのためには、
全員が一斉に与えないといけません。

「そのとおり。
そこで地球的な意識が必要になる。
しかし、そのためにはどうするか?
誰かが始めなくてはならない。
そのチャンスがいまここにある。
あなたは、
新しい意識のはじまりになることができる。」
(p.225)

現実的には、
すべての人が一斉に与え始めることは
不可能だと言えるでしょう。

しかし、
他の人が与え始めるのを待っていたら、
いつまでたっても実現できません。

誰かが最初の一歩を
踏み出さなければならないのです。

「捨て石」という言葉があります。

それは犠牲です。

同じことを聖書では、
「一粒の麦」と表現しました。

一粒の麦が死ぬことで、
そこから多くの麦が育つのです。

「あなたは、インスピレーションの
もとになることができる。
そうしなくてはいけないのだ。

わたしが、ですか?

ほかに、誰がいるのかね?」
(p.225)

いったい、
誰が神の声に応えるのでしょう?

誰かがやらなければならない。

しかし、最初に始めた人は報われないし、
傷つけられ、
捨てられてしまうかもしれない。

それでも、
誰かが始めなければならないのです。

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幸せ実践塾・塾長

赤木篤 (あかき・あつし)


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