裁きという幻想を活用する

裁きという幻想を活用する

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。

「神とひとつになること」の一部を
引用しながら内容を解説するシリーズ。

今回は第15章の9回目です。

今回は、裁きという幻想を
活用する方法になります。

「裁きという第六の幻想は、
裁かれないという驚きを、
そして裁かない神という驚きを経験するのに
利用できる。」
(p.167)

「あなたがたが
裁きという経験をつくり出したのは、
裁かない神という驚きを経験し、
神の世界では裁きなどありえないことを
理解するためだった。
裁きの悲しみと破壊力を
自分で感じたときはじめて、
裁きは決して
愛に支えられてはいないことがわかる。」
(p.167 – 168)

裁きという幻想も、
本当はそんなものはなく
裁きがあると思うことによって経験する
悲しみと破壊力によって、
本当の愛の素晴らしさを
経験するためにあるのです。

私たちは、他人から裁かれた時、
ひどく傷ついたと感じます。

「裁く者が間違っているとき、
裁きはひとに深い傷を与える。
だが、もっと深い傷を与えるのは、
裁く者が正しいときだ。」
(p.168)

裁く者が間違っていれば、
裁かれた側は自分を信じることができます。

しかし、裁く者が正しければ、
もうどこにも逃げ場がありません。

私たちは打ちのめされてしまうのです。

私たちは、この仕組を使って、
社会を創りました。

「誰かがあなたを裁いて
「有罪」か「無罪」かを決める
という考え方をもとに、
「正義:司法(justice)」
と呼ぶシステムをつくり出した。」
(p.168)

裁判とは、まさにそういうもので、
裁いて罰を与えるのです。

しかし、
人間の見方と神の見方は違います。

神の目には
罪人は1人もいないと言います。

「わたしの目は、
あなたがたがなぜそう考えるか、
なぜそう言うか、
なぜそうするのかを見通している。
 わたしの心は、あなたがたが
誤解しているだけだと知っている。
 わたしはこう言わせた。
「本人の世界観にてらせば、
不適切なことをする者は誰もいない」。
これは偉大な真実だ。」
(p.168)

私たちが単に誤解しているから、
いわゆる罪を犯すのです。

そしてそのことでさえ、
その人の価値観に照らしてみれば、
間違ったことではないのです。

昔から
「盗人にも三分の理」と言われる通りです。

「わたしはまた、こう言わせた。
「罪悪感と不安、これは人間の唯一の敵だ」。
これも偉大な真実だ。」
(p.168)

裁くのは、罪悪感を与えたいからです。

客観的に、絶対的に、
その人が悪いということを
本人に受け入れさせたいからです。

しかし、高度に進化した社会では、
そのような目的のために
裁くようなことはしません。

「ただ何をしたか、
その行動の結果はどうで、
どんな影響を及ぼしたかを
ありのままに観察され、
はっきりと知らされる。」
(p.168 – 169)

誰かが裁いて
価値観を押しつけるのではなく、
本人にすべてを観察させ、
判断させるのです。

罰によって強制したりはしません。

「懲罰という考え方自体が、
彼らには不可解だからだ。」
(p.169)

懲罰というのは、苦痛を与えることです。

苦痛を与えるぞと脅して、
何かを強制することです。

「なぜ、ひとつである存在が
自らを傷つけたがるのか?
たとえ被害を与えることをしたとしても、
なぜ、もう一度害するようなことをするのか?
もう一度傷つけることが、
なぜ最初の被害を回復させることになるのか?
それでは
つま先を何かにぶつけたからといって、
仕返しに
二倍も強く蹴りつけるようなものだ。」
(p.169)

私たちの本質がひとつのものなら、
加害者を罰するというのは無意味なことです。

裁いて罰を与えることが受け入れられるのは、
私たちは分裂しているという
幻想の中に生きている時だけです。

「裁きは魂を萎(な)えさせる。
あなたについての幻想を魂に焼きつけ、
深い真実を無視するから。」
(p.169)

幻想というのは、
それを幻想と見抜いて活用することで、
本当の自分を経験するためのものです。

それなのに、
その幻想を真実だと信じさせ、
その経験の中で溺れさせてしまう。

それが裁きなのです。

神は、決して私たちを裁きません。

神はただ、私たちを観察するだけです。

そこに、「私たちは何者か」という
結論を出す必要はありません。

それは、私たちが創造のプロセスであり、
変わりゆくものだから
結論を出すことは不可能だ
ということでもあります。

私たちは、常に拡大しゆくものなのです。

「これが理解できれば、自分を裁くことも、
他人を裁くことも無意味だとわかるだろう。
あなたが裁いた者は、
裁いているときには
もう存在しないのだから。」
(p.170)

私たちは、一瞬一瞬、
自己を再創造しています。

昨日の自分は、
もう今日の自分ではありません。

ですから、
今日の自分が昨日の誰かの行為に対して、
裁くことが矛盾しているのです。

昨日の誰かは、
今日はもう存在していないのです。

だから神は、
次のことを覚えておくようにと言います。

「--自己の創造は決して終わらない。」
(p.171)

私たちは、
毎瞬、再創造している存在です。

一瞬前の存在とは、
まったく違う存在なのです。

ですから、そんな存在である私たちが、
神から裁かれることはないのです。

そのことを神は、
約束してくれているのです。

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赤木篤 (あかき・あつし)


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