傷つくことはありえない

傷つくことはありえない

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。

「神との対話3」の一部を引用しながら
内容を解説するシリーズ。

今回は第1章の7回目になります。

話があらぬ方に展開したので、
ニール氏は元の質問に戻そうとします。

前々回のメルマガで取り上げたように、
道路で遊んでいる子どもがいたら、
それを叱る親は子どもを愛しているのか?
それともそれは愛ではないのか?
という質問です。

その質問との関連を、神はこう言います。

「わたしが言っているのは、
あなたはすでに答えを知っている
ということだよ。
いまは答えを知らないという考えを
生きている。」
(p.38)

たしかに、そういうことになりますね。

前回まで神が語っていたのは、
すでに知っているのだということと、
どうすれば思い出せるか
という話でした。

「「智恵者である」ことへの最短距離は何か?
誰かを智恵者にすることだ。
あなたは、質問の答えを知っているという
選択をするか?
それなら、誰かに答えを与えなさい。」
(p.38)

自分が欲しいものを、
他の人に与えればいい。

そうすれば、
与えたものをすでに持っている
という経験をするからです。

とは言え、
答えを知らないのに与えよと言われても
戸惑いますよね?

神は、もし答えがわかっていれば
どう答えるかを考えよと言います。

つまり、前提を変えるのです。

「知らない」という前提を
「知っている」という前提に。

そうして行動してみるのです。

そこで、再び最初の問題に戻ります。

今度はニール氏が答えて、
子どもの深い欲求は生きることだから、
それを叶えるのが愛だと言います。

つまり、道路で遊ぶという危険な状態から
無理矢理にでも連れ帰ることです。

それについて神は、
「非常に良い答え」だと言います。

しかしそうなると、
神はどうして人類が傷つけ合うことを
放っておくのかという疑問が生じます。

そこで神は、
死を経験することが深い欲求なら
それも叶えられると言います。

神は、人の深い欲求をすべて知っていて、
それに応えていると言うのです。

つまり、
私たちの魂にそういう欲求があるなら、
それは実現するということですね。

「自分を「傷つける」ことなど、
できはしない。傷つくことはありえない。
「傷つく」というのは
主観的な反応であって、
実在する事象ではない。
どんな出会いからでも、どんな事象からでも、
「傷つく」という経験は選べるが、
それはあなたがそう決めるだけだ。」
(p.39)

つまり、
精神的や肉体的に傷つくとしても、
魂は傷つかないということです。

そして、
私たちが傷つくことを選ばなければ、
傷つくという経験はできないのです。

そういうことから考えると、
もし「死ぬ」という事象が起こるのなら、
それは「深い欲求」が叶えられた
ということになります。

しかし、その人の自我(表層意識)が、
それを望んだわけではありません。

つまり、自我が望まないことでも
起こり得るということになります。

「実在する事象はすべて、
あなたが意識的に引き寄せている。
すべての出来事は、
無意識のうちに創り出している。
人生のすべての人間、場所、ものごとは
あなたが引き寄せている。
自分で創り出していると言ってもいい。
進化していくなかで、
つぎに経験したいことを経験するのに、
ぴったりした完璧な条件、
完璧な機会を準備するためだ。」
(p.40)

私たちは、
意識的に、あるいは無意識的に、
自分にとって完璧な状況を引き寄せている。

それは、
私たちが次に経験したい何かのために、
最適な条件であり機会なのです。

「人生で起こることはすべて、
何かを癒やす、何かを創り出す、
何かを経験するための完璧な機会だ。
それ以外のことは決して起こらない。
それは、
あなたがほんとうの自分になるために
何かを癒したい、何かを創り出したい、
何かを経験したいと思っているからだ。」
(p.40)

私たちの自我は意識していませんが、
魂はこう思っているのでしょうね。

魂は常に、
本当の自分を経験しようとしているのです。

では、本当の自分とは何でしょうか?

「それはあなたの選択しだいだ。
神性のどの面を選びたいか。それで決まる。」
(p.40)

私たちが何を選択するかで
自由に決められると言います。

しかし私たちは、
それをしょっちゅう変えている
と神は指摘します。

「だが、
あなたが落ち着いた人生を望むなら、
多様多彩に変化する経験は
もうたくさんだと思うなら、方法はある。
自分が何者なのか、
どんな自分になりたいかという考えを
やたらに変えないことだ。」
(p.40)

まあたしかに、そういうことになりますね。

でもそうは言われても、
ついつい出来事や状況に反応してしまい、
本来の目標を見失ってしまうのが
私たちというものです。

「わたしの見るところ、
あなたはじつにさまざまな、
異なったレベルで決断している。
道路で遊ぼうと決めた子供は、
死ぬという選択をしたのではない。
(中略)
ここでの問題は、子供が
死ぬという選択をしたかどうかではなく、
死をふくめて複数の結果をもたらす選択を
したという点だ。子供はそれを知らない。
(中略)
だから、子供はもっと絞られた
すぐれた選択ができないのだ。」
(p.41)

つまり、すべての出来事は
私たちの選択によって起きますが、
意図的ではない選択があるということです。

そして、意図的な選択のことを
「絞られたすぐれた選択」
と神は言っています。

このことから言えるのは、
そろそろ目覚めて意図的に生きることが
自分のためになるということかと思います。

意図的に選択することが、
「絞られたすぐれた選択」であるからです。

ちょっとまだよくわからなくて、
ざわざわしているかと思います。

この話はもう少し続きますので、
次回を楽しみにお待ちください。

●今日のメルマガは、いかがでしたか?
 面白かった、役立ったという方は、
 以下のURLをクリックしてくださいね。

⇒ http://clap.mag2.com/chisouclen?KT180213a

またこちらには、
短い感想を書くこともできます。

励みになりますので、
よろしければコメントをください。

長くなる場合は、このメールに返信か、
メルマガの最後にあるアドレスまで
メールでお願いします。

また、よろしければこのメルマガを、
お友達にご紹介くださいね。

どうぞ、よろしくお願いします。

========================================

 こちらのメルマガもあわせてどうぞ!

 ●「幸せ実践塾」通信
 http://www.mag2.com/m/0001680038.html

========================================

◆◇◇——————————————-

幸せ実践塾・塾長

赤木篤 (あかき・あつし)


◇ブログ:
「傷ついた心を癒して幸せになる!
~「幸せの公式」メソッドで幸せ体質に変革する方法」
http://4awasejsn.seesaa.net/

◇メールアドレス
a.akaki●kekkon-4awase.com
(上記●を@半角に置き換えてください。)

——————————————-◇◇◆

العربية简体中文EnglishFrançaisDeutschItaliano日本語PortuguêsРусскийEspañolไทย