死ぬことを楽しむ

死ぬことを楽しむ

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。

「神との対話3」の一部を引用しながら
内容を解説するシリーズ。

今回は第8章の2回目になります。

前回の最後は、日常的に死を考えることで、
生を充実させることができる
という話でした。

今回は、その続きになります。

「何かを深く見つめれば、
相手を見抜くことになる。
何かを深く考えれば、
それを見抜くことになる。
そうすれば、幻想は消え、
真の姿が見えてくる。
(中略)
そうすれば、幻想さえ楽しめる。
幻想だとわかれば、
それも楽しみの半分になる!
本物だと考えるから苦しみが生じる。」
(p.179)

このように、深く見つめること、
深く考えることで幻想を見抜き、
その幻想を楽しめるようになると言います。

これは一般的な話ですが、
もちろん「死」を前提にしています。

「死もまた幻想だとわかれば、
「死よ、汝の針はいずこにある?」と言える。
それどころか、
死を楽しむことだってできるよ!
誰かの死を楽しむことさえできる。」
(p.180)

これは、聖書からの引用ですね。

「この朽ちるものが朽ちないものを着、
この死ぬものが死なないものを着るとき、
聖書に書いてある言葉が成就するのである。
「死は勝利にのまれてしまった。
死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。
死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
死のとげは罪である。罪の力は律法である。」
(Wikisourceより
「コリントびとへの手紙」15章54-56)

「死のとげ」とあるのが、
「死の針」のことです。

キリストによって死の幻想が暴かれる時、
死は罪によるものだとする律法も
意味をなさなくなる、
という意味だと思います。

ちょっと危ないかもしれませんが、
死が幻想であるなら、
悼む必要はないのです。

悲しむことさえ必要ではありません。

莊子は妻の死に直面した時、
悲しみから楽しみへと心境を変化させました。

なぜなら、
元々宇宙から生まれた1人の生命が、
死によってまた宇宙に戻っただけなので、
変化し続ける宇宙の営みの1つに過ぎず、
何ら悲しむことではないと気づいたからだと。

宇宙の営みの素晴らしさを称えるなら、
死を楽しんでもかまわない。

それも、あり得ることなのです。

「死は決して終わりではなく、
つねにはじまりだ。
死は閉じられたドアではなく、
開かれたドアだ。
生命が永遠であることを理解すれば、
死は幻想で、
その幻想があなたの意識を身体に集中させ、
身体が自分だと信じさせていることがわかる。
だが、あなたは身体ではない。
だから、身体が朽ちても、
あなたは何のかかわりもない。」
(p.180)

つまり、
生命が永遠かどうかが鍵なのです。

もしそうであれば、
死は終わりではありません。

終わりだと勘違いしてしまうのは、
身体こそが自分だと思っているからです。

「死は、真の生命とは何かを教えている。
生命は、避けられないのは死ではなく、
移ろいゆくことだと教えている。
移ろいゆく、それだけが真実だ。
不変なものは何もない。」
(p.180)

このことは、すでに釈迦が
「諸行無常」と言っています。

すべては変わるものであり、
変わらないものは何もない
というのが釈迦の教えですから。

「花が散るのを見て、あなたは悲しむだろう。
だが、花は樹全体の一部で、
変化してまもなく
果実をつけるのだとわかれば、
花の真の美しさが見える。
花が開いて落ちるのは、
樹が果実をつける準備だとわかれば、
生命が理解できる。
そこを注意深く見つめれば、
生命とはそれ自身のメタファーであることが
わかるだろう。」
(p.180)

メタファーとは隠喩のことです。

生命そのものが、
生命を暗に喩えているということです。

花の1つ1つは、2つとない
かけがえのない存在のはずです。

それは1人1人の人間と考えて良いでしょう。

しかし、花が咲いて散らなければ、
その後に果実はできません。

そして、樹(生命)全体で考えるなら、
それは何も失ってはいないのです。

ただただ変化し、発展しているだけです。

幸せ実践塾では、
見方を変えることで感情を変え、
いまあるそのままで幸せになることを
お伝えしています。

しかし、どうしても見方を変えられない
という人もいます。

そういう人は、不安を抱えているからです。

その不安が邪魔をして、
見方を変えることを拒みます。

たいていの不安は、
見つめれば消えていきます。

だって、
どんなに心配したってしょうがないですし、
なったらなったで何とかなるものです。

しかし、
最後に「死」の不安(恐怖)が残ります。

これは、死んだことがないだけに、
とても強力な不安なのです。

では、本当に生命は永遠なのか?

これは、証明できません。

証明はできませんが、現実を眺めてみて、
過去からの教えを紐解けば、
そうであろうと想像できます。

あとはそれを信じるかどうか、
信じると決めるかどうかだけだ
と私は思うのです。

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赤木篤 (あかき・あつし)


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