暴力性と怒り

暴力性と怒り

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。

「新しき啓示」の一部を
引用しながら内容を解説するシリーズ。

今回は第25章の2回目です。

ニール氏は、
バラバラのままで仲良くやっていくことは
本当に不可能なのかと神に問います。

そこで神は、
その問題を次のように説明します。

「種としてのあなたがたの主たる本能は
生き延びることなんだよ。」
(p.348)

そして、前に言ったことを繰り返します。

「生命/人生の基本原理は、
機能性、適応性、持続性だ。
集団的な進化のいまの段階では、
あなたがたは
自分たちの持続性は問題ではないことを、
納得していない。」
(p.348 – 349)

基本原理として持続性があるのですが、
私たちはそれを信じていません。

ですから、
種としての生存が問題になります。

そこで神は、
本来は生存が問題ではないことを説明します。

「あなたがたという存在--
思い出してほしいが、
あなたがたは身体ではない--は、
つねに「生き延びる」。
生き延びないということのほうが、
ありえない。」
(p.349)

「だから、問題は、
あなたがたが生き延びるかどうかではなく、
どのかたちで、ということだ。」
(p.349)

私たちは、人間という形で生き延びたい
と願うでしょう。

それは、他の形を知らないから、
忘れているからだと神は言います。

「あなたがたの多くは、身体の死後も
ほかのかたちで生き延びるということにさえ、
確信がもてない。
だから無理もないのだが、
物理的な身体の生存に深くこだわる。
とてもこだわるのだよ。」
(p.350)

このこだわりは、悪いことではありません。

むしろ、機能すると神は言います。

ただし、私たちが信じている身体が、
見かけよりもずっと大きいとわかればと。

「つまり、
すべての身体は「ひとつの身体」の一部だ
と気づけば、ということだ。
それなら、
あなたがたの生存のための闘いは
集団的な闘いになり、
生命/人生の基本原理の表現、
持続性という原理の表現になる。」
(p.350)

すべての身体が「ひとつの身体」の一部なら、
人類全体の生存を危険にさせるようなことは
決してしないでしょうね。

しかし、今の私たちは、
「ひとつの身体」を信じていません。

ですから、人類が滅亡しかねないことを
平気でやってしまうのです。

「人間がそういうことをするのも、
大半の人たちが自分を
集団としての人類の一部と
考えていないからだ。」
(p.350 – 351)

多くの人が、バラバラだと考えています。

ですから、他の人の生存を気にせず、
自分の生存だけを考えます。

「この「自分の生存が第一で、
わたしが賛成し、ほかの条件も合えば
あなたも生存してよろしい」という考え方
--全部ではないが、
しかし大半の人間の考え方--は、
集団にとっては有害だし、
それどころか集団がくり返しおびやかされ、
まもなく破壊されるかもしれない世界を
つくり出している。」
(p.351)

他人に与えることは自分に与えることだ
という考え方を、
多くの人は信じていません。

だから平気で他人に対して
無慈悲な振る舞いができるのです。

しかし、真実は違います。

他人に与えることは自分に与えることです。

ですから昔の人は、
「人を呪わば穴二つ」と言ったのです。

他人への攻撃は自分への攻撃であり、
他人を傷つけることは
自分を傷つけることなのです。

そのために、
人類全体が危機に陥ることになります。

歴史を見ると、
暴力的な行為があふれています。

もちろん、愛と慈悲による行為も
多数あります。

ニール氏は、
どちらの人間の性質が勝利するか、
そのせめぎ合いだと言いました。

神は、即座にそれを否定して、
次のように説明します。

「暴力性は「人間の性質」ではない。」
(p.352)

「暴力性は、人間の本質的な一部ではない。
だが、人間の問題を解決するのに有効だ
という幻想があるためにはびこり、
それで人間の本質だと思われている。
しかし、人間は本来、暴力的ではない。」
(p.352)

暴力性は人間の性質ではない
と神は言いますが、
私たちは怒りから暴力をふるいがちです。

では、
怒りも人間の本性ではないのでしょうか?

その疑問に対して神は、
次のように答えます。

「怒りと暴力は同じものではないし、
混同してはいけない。
怒りは自然な感情だ。
ときには、怒りはとても自然なものだ。
まったく差し支えないものでもある。
つまり、あなたがたが
ほんとうに仲よく暮らしたいのなら、
怒りは有効に機能する。」
(p.354)

怒りが平和のために機能する
と神は言います。

ただしそこには条件があります。

「愛とともに表現されれば、
怒りは不和を生み出すのではなく、
解消する。」
(p.355)

表現の仕方が問題なのです。

そこで神は、
怒りについてさらに説明します。

「怒りとは、本来そうあるべきものだ。
システムに組みこまれている人間の一部だ。
圧力抜きのバルブ、
否定的なエネルギーを発散する弁だよ。
あなたがたが困ったことになるのは、
否定的なエネルギーを発散するからではなく、
発散しそこなうからだ。
あなたがたの不安のもとは、
怒りの表現ではなく、表現のしかただ。
物理的暴力であろうが、
言葉の暴力であろうが、
暴力とはいっさいかかわりなしに
怒りを発散する方法はたくさんある。
そういう怒りの発散のしかたを
知っているというのは、成熟のしるしだ。」
(p.355)

怒りは圧力抜きのバルブだという表現は、
なかなか面白いですね。

怒りは自然なもので、
上手に発散させることが重要なのです。

その方法は、たくさんあると神は言います。

アンガーマネジメントの講座もありますね。

そこで神は、
具体的な方法は他で学ぶとして、
ここでの重要なポイントを示します。

「ここでは、
怒りは否定的な感情ではない、
怒りは癒し手(ヒーラー)だ
ということを理解しておきなさい。
怒りは否定的なエネルギーを発散させる。
それによって肯定的な感情になる。」
(p.355)

「怒りと調和は両立する。
充分に表現された怒り、
驚くほど癒す力をもった怒りは、
驚くほど上手に表現された怒りであり、
人間と人間の瞬間を豊かにしてくれる。」
(p.356)

たとえば南アフリカ共和国の政治家、
ネルソン・マンデラ氏の行動は、
怒りの上手な表現かもしれませんね。

あれだけ理不尽な目にあいながら、
怒りを爆発させることをしませんでした。

しかし、
単に怒りを抑圧したのではありません。

それでは、
あれだけ長期間の抵抗運動が
できなかったでしょう。

愛によって怒りを、
人々を幸せにするという理念のための
行動に変えていったのです。

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